diary
このままでいいの?
織物に出会う前から、大切にしたり意識してることがあります。
それは「食」と「健康」のことです。
表に出すことが怖くてなかなかできないのですが、
こちらやInstagramのストーリーズなどでは時々書いてました。
今の日本の状況に危機感があります。
緊縮財政、移民問題、偏向報道、農業、ワク〇ンなどの薬害問題…。
最近SNSでよく目にするのが、環境省が運用するPRTR制度(有害化学物質の排出・移動量を把握・報告する制度)の一環で、
石けん成分が「第一種指定化学物質」として扱われる可能性があるということ。
純石けんなのに、です。
私には23歳になる息子がいます。
生後4か月半のころ、夜中に40℃近い高熱を出し救急で診てもらいました。
血液検査の結果、何かしらの感染症の疑いがありましたが、最初に行った病院は満床で別の病院へ。
しんどくて一晩中ぐずる息子…あの光景は辛くて一生忘れません。
入院したのですが、原因が1、2日わかりませんでした。
授乳していた時に、首のリンパ節あたりが腫れているのにきづき、看護師さんに伝えました。
このことがあって心エコーなどの結果「川崎病」だと診断されました。
自己免疫疾患の一つで、全身の血管が炎症する病気です。
そのために有効な治療法は「ガンマグロブリンの大量投与」でした。
こんな小さなわが子に大量の血液製剤を使って大丈夫なのか…
限られた時間の中で調べて自分が納得する間もなく、
とにかく息子の高熱を下げることを優先させようと承諾書にサインしました。
治療を開始してから、順調に回復していき、冠状動脈の腫れもひき
後遺症を残すことなく、退院することができました。
小学校1年生くらいまで、定期的に心エコーの検査をして経過観察してました。
今でも原因不明の病のようです。
が、
いくつか疑わしいとされてる原因の一つに、洗濯洗剤にも使われている「界面活性剤」があります。
当時の私はなんの知識もなく、洗剤も普通のものを使っていました。
「経皮毒」という言葉を知ったのもその頃です。
経皮毒を簡単に説明すると、皮膚から入った界面活性剤は主に肝臓や子宮に取り込まれます。
その9割は体内に蓄積され排出されないとも言われています。
毛穴から体内に取り込まれるなんて…そんなことがあると知った時は衝撃でした。
私の無知から、わが子を病気にさせてしまった…と、自分を責めました。
そんな経験から、家にあるすべての洗剤などをすべて、界面活性剤のない「石けん」製品に変え現在も継続しています。
出展で宿泊するときも宿のボディソープやシャンプーなど使わず、自宅から必ず持っていきます。
肌や環境にも優しく、しかも動物実験もしてない会社の石けんのおかげで、健やかに日々送れている方はたくさんいます。
そんな経験もあって、この制度の改悪は危機感を覚えます。
シャボン玉石けんという会社が、対象として挙がっているようですが
同じように大切にしたい安心安全な日本の石けんの会社は他にもたくさんあります。
オールドメディアは、大手化学メーカーをスポンサーにしてるため報道はしません。
利権政治や政党、大手企業との関係…
本当に大切なことって何でしょう。
界面活性剤の入った洗剤は皮脂汚れがよく落ちるでしょうし、自然由来の界面活性剤もあります。
情報を知ったうえで、何を選択するかは自由です。
私は「本質」「優しさ」「愛」を選びたいです。
どうかいろんな方向から情報をとって、未来の子ども達や、私たち大人も健康寿命を延ばして
やりたいことを自由にできる世界を…切にそう願います。
私もできることから、声をあげていかないと。
あと20年?
ふと思ったこと。
私の寿命が仮に75歳として…あと20年しかない!と。
1年なんて瞬間で過ぎていく…
死ぬ前に後悔することとして…
「自分の人生を生きなかった」
「働き過ぎた」
「自分の気持ちを伝えたり、自分を表現すればよかった」
「会いたい人に会っていればよかった」
「行きたいところにもっと行っておけばよかった」
など、言われるそう。
SNSで選挙へ行こう!という発信をよく目にしていて
80歳を超えた方が「2年単位で生きている」と話していたのが印象に残っていて。
そう思うと私はまだまだ、「誰か」「何か」に遠慮して思い存分生ききれてない気がします。
何を恐れているのか…何を心配しているのか…
確実に生きてきた年数より、残りはうんと短いわけで…
ピンチも面白がってやろう!
な~んて思います。
やりたいことが、まだまだあるから。
今生はこの一度きり
怖いけど、やったことのないことやろ!
大きなビジョン
今日は「夏至」ですね。
今年は特にパワフルなエネルギーが降り注いでいるようです。
ということなので、こうなったら有言実行?!
具体的な内容は決まってないですが、大きなビジョンがあります。
近い未来、場づくりをしたいと思っています。
そこでワークショップをしたり、イベントをしたりしたいのです。
拠点など何も決まってません。
イメージだけはあるのです。
いろんな年代の方々が集えて交流できる場所。
たいせつにしてることや、やりたいこと、願望のことなどをシェアしたり
得意なことを披露したり、また見つけたり、それが喜びになり、誰かのためになり…
作家仲間を呼んで、マルシェ的なこと…などなど
そういうのを循環できたらいいな、と。
自分と繋がる場=人と繋がる場
世界やこの国も混沌としていますが、フォーカスすべきは自分。
周りのことを気にするのはもうおしまいにして、自分を幸せで満たしていきましょう~
と、ここに綴りつつ私自身にも改めて言い聞かせます。
面白がって五感に意識を向けて日々精進します。
パワフルエネルギーをいただいて、素敵な時間をお過ごしください。
母の命日
今日6月18日は母の命日。
59歳で大腸がんが見つかり、肝臓にも転移していました。
それからわずか10か月…18年前…60歳のときに、この世を去りました。
なぜ母はがんになったのか
がんは治せる病気なのに、ものすごい速さでなぜ亡くなったのか…
今ならわかります。
抗がん剤の影響も大きかったです。
人は食べ物でできています。
今、流行りの「四毒」をできる限り抜いてます。
完璧ではありません。だから「できるだけ」です。
洗顔後、何もしなくても肌がもちっとしてるし
お腹周りもすっきりしてきて、独身時代のウエストが細くて履けなかったボトムも履けるようになり
いらん買い物(お菓子など)をしなくなったので無駄遣いがなくなりました。
いろんな方向から情報をとって、自分の感覚を信じて選べば
それがその人に必要なもので、ジャッジはしたくないです。
これはあくまでも個人の感想、体験です。
出店するときにキッチンカーをよく目にしますが、
自分の「クンクンセンサー」が起動する場合のみ購入します。
米が原材料のものや珈琲とか米麹甘酒などがほとんどです。
(ほんとは米粉、米麹の甘酒や果物の糖分も抜くそうです…が、そこまではできないから時々楽しみます。)
薬も所詮は対処療法。
緊急の場合は薬も必要だと思いますが、
基本的には不調の原因を取り除いてこそ、なので薬は不要だと思います。
そんなことを母のことから学びました。
悲しみを自分の学びに変えました。
つらかったし寂しかった…
だけど3歳、5歳の子育て中で、しょげてる場合じゃなかった。
この悲しみ、悔しさを無駄にはしない、絶対に。
めったに赤は着ないのに、偶然にも写真の母と同じ赤を着てるワタシ。
母はずっと心に生きている
今日からどう生きてこう
身近な方がお二人亡くなっていたと知った。
たわいのない話しをしたり、子どもが小さい時に相談にのってもらったり一緒に麹をつくったり…
彼女からもらった言葉がずっと記憶に残っている。
もうお一人は、家の近くのお店で正社員としては働いていて
買い物に行って、タイミングが合うと挨拶程度の短い会話をしていた。
二人とも明るくて気さくで、子ども共々お世話になった。
お二人を思い出すとき、真っ先に笑顔が出てくる。
私もこの世を卒業したとき、同じでありたい…と思った。
と同時に、藤井風の「帰ろう」の歌詞が浮かんだ。
「今日からどう生きてこう」
私にできることはないか…と思う。
おこがましいけど、人のために何か役に立てることはないか、と いつも思う。
そのために命をつかいたい。
彼女たちは、私に温かいものを与えてくれた。
もう偶然会うこともないのか…と思うと寂しくてたまらない。
お二人のご冥福をお祈りするとともに、
彼女たちの子どもたちが心の底から歓び溢れる人生を歩いてゆきますよう。